スナカワサエというキャラクターの悲哀

 夕闇通り探検隊に、スナカワさんというキャラクターが登場する。クルミのクラスの委員長であり、生真面目で口うるさい。細かな規則も守ろうとし、自分と同じレベルの規律を同級生にも求めるため、クラスの女の子たちには疎ましがられている。そんな存在だ。


 私はスナカワさんというキャラクターは、夕闇通り探検隊においてかなり重要なポジションなのではないかと考えている。
 スナカワさんは、「歪んでいない者が疎まれる」という夕闇通り探検隊におけるルールを示すキャラである。このルールを最も分かりやすく示しているのは、言うまでもなくクルミだ。クルミは人間社会において重要な「取り繕う」という行為が出来ない。あまりにも純粋すぎるがために周りに疎まれ宇宙人だと蔑まれる。一部の人間はその純粋さに惹かれていたり、彼女のあり方こそ自然なものなのだと気付いてはいるが、クルミは基本的に孤独である。


 スナカワさんも、クルミと同じだ。人間社会に適応こそしているものの、あまりに歪んでいなさ過ぎて疎まれる。正直に言って人間社会では、少しの悪事には目をつぶったり許容するくらいの「取り繕い」が求められる。しかし、その心の歪みのなさゆえに、「規則を守りましょう」「誠実に行きましょう」という大人の言葉に「そうは言っても」と思えなかったスナカワさんは、教えられたことと現実との差異に苦しむこととなる。正しいことをしている、言っているはずなのになぜ自分が責められるのか?その苦しみは、スナカワさんの精神を蝕むこととなる。


 そんなスナカワさんに、無意識に共感していたのか、はたまた彼女の無邪気さゆえか、クルミは何度もスナカワさんに小言を言われているにも関わらず、サエちゃんサエちゃんと言ってスナカワさんに懐く。またスナカワさんも、クルミのだらしなさに口を出すことはあっても、変人だとか話がかみ合わないとかいう理由でクルミを遠ざけることはない。クルミに接するときに態度を変えない人物。スナカワサエは、どこまでも純粋で「正しい」のだ。


 しかしゲーム本編が夏を迎えるころには、その正しさにも影が落ち始める。
 ゲーム終盤で、スナカワさんの手首には痛々しい包帯が巻かれている。プールサイドの片隅に、死人のような表情で座って見学しているスナカワさんは、いつか彼女が思い描いた「正しい自分の姿」とはかけ離れているように思える。彼女の精神は、理想と現実との乖離に耐えられなくなってしまった。そして、そんな苦痛に負けて自分を傷つけるようになった自分すらも「正しくない姿だ」と彼女を責めるのだろう。


 プールの更衣室でおトイレ軍団が「私たちのせいじゃない」と責任を逃れる発現をしているが、あながち間違ってはいないかもしれない。悲しいことではあるが、たとえおトイレ軍団がスナカワさんに嫌がらせをしなかったとしても、スナカワさんの精神はいずれ現実の重みに耐えられなくなったことだろう。


 ゲームが終わったあと、スナカワさんはいったいどうなったのだろうか。孤独に耐えながら、自分の心をすり減らしながら「正しさを守る」戦いを続けていた。しかしその心は折れかけ、唯一自分を疎ましがらなかった、サエちゃんサエちゃんと慕ってくれていた女の子は死んだ。


 「サエちゃん」の心は、どんなに引き裂かれただろうか。もし夕闇通り探検隊の先を見られるとしたら、私はスナカワさんの後日談を覗いてみたい。そして願わくは、スナカワサエの隣に、彼女の痛みを和らげる誰かがいてほしいと願うのである。